はるは東関東大震災の後、2011年の6月某日、福島第一原発から20km圏内の非難地域で生まれました。
お母さんとお姉さん、同胞の姉妹と一緒に4匹で発見されたそうです。
見つけてくれたのは広島からやってきた「みなしご救援隊」というNPOの方々です。
そして、はるは、那須塩原にあるシェルターに保護されました。
シェルターにはたくさんの犬、猫、それに亀やポニーまでが、一緒に暮らしていました。
そこにやってきたのが、那須塩原でAFC(アニマル・ファンスィアーズ・クラブ)という、犬のしつけや競技訓練をする施設を運営している佐良直美先生です。
佐良先生は広大な敷地に、何十頭もの犬や猫と一緒に暮らしています。元々、犬や猫が大好きで、歌手や女優として大活躍していらしたときから、野良犬や野良猫を保護し、これまでに飼った犬や猫は500匹以上だそうです。
佐良先生は、はるを見て「この子はいい」と、一目で気に入ったそうです。シェルターで何十頭もの犬がわんわん吠えている中、はるは静かに佇んでいたそうです。それでも手を伸ばすと、少し警戒しながらも寄って来て、佐良先生の手の中に入ってきたそうです。
ちょうどAFCで犬の訓練競技のワークショップのお仕事をされていた山本央子先生もはるを見に行ってくれました。山本先生は家庭で犬と人が一緒に幸せに暮らせるように助ける仕事をされている先生です。アニマルセラピーに適した犬を見分ける“適性評価”という仕事をされている専門家でもあります。
その山本先生も、はるを見て「こんな子はなかなかいない」と思ったそうです。
佐良先生とは昨年の12月にお会いしていて、「犬が飼いたいんですよ」とお話していました。佐良先生は「仕事もお忙しいでしょうし、一人暮らしなら犬より猫の方がいいですよ」とか「犬を飼うなら犬を世話してくれるお嫁さんをもらいなさい」と、冗談のような本気のような事を言われます。
そんなことをおっしゃいながらも、ほとんど初対面の私のために、名古屋までマイカーをご自分で運転されて、シェルターに保護されていた犬を一頭、連れてきてくれていました。
でも、その犬はけっこう吠えることがわかり、高齢でもあり、都内のマンションで一人暮らしという、私の生活状況にはどうもあわないだろうということになり、またいつかご縁があれば、ということになっていたのです。
そんなこともあって、佐良先生がはるを見つけたときには、これはぜひにと、山本先生と杉山尚子先生を通じて、私に声をかけて下さいました。他にもすでに何人か、はるを欲しがる人もいたそうです。同胞のお姉ちゃんも人気で、はるより一足先に引き取られて行きました。
実は、犬を飼いたいなぁとはずっと前から考えていました。子ども頃に飼っていたマルチーズは、中学生のときに家から脱走し、行方不明になってしまいました。辛く、悲しい想い出です。
今から考えると、ルナという名前のあの子には何もしてあげられませんでした。トイレのしつけもできなかったし、散歩もリードで引きずり回すような状態でした。
また同じことになるのは嫌だなという気持ちと、今度は色々と犬のことやしつけのことを勉強して、散歩の仕方も練習して、犬と楽しく暮らしたいなという気持ちと、ただでさえ忙しい毎日を過ごす自分に一つの命を預かることなんて本当にできるかどうかという気持ちとがいったりきたりして、1年間くらいずっと考え続けました。
はるがうちにくる前の数ヶ月間は、杉山先生に教えていただいた里親募集のサイトを毎日のように見て、こんな子がうちに来たら、どんな生活になるんだろうと、思い浮かべていました。
はるをもらいうける決心をしたのは1月末です。佐良先生と山本先生がそこまで薦めて下さるのであれば、これはきっと間違いなくいい犬に違いないと、はると暮らすことに決めました。