2009/04/27

やっちゃいました:定額給付金

ちょっと恥ずかしいけどカミングアウト。

さっそく申請した定額給付金だが、書類不備で戻ってきてしまった。

通帳と本人確認書類のコピーを添付してなかったとさ。

え〜っ そんなの必要だったのかぁ!! と、中野区の担当部署にコールイン。

そしたら、説明書の裏面に指示が書いてあったんだって(もう捨てちゃったから確認のしようがないのだが)。同じような人が他にもいたらしく、「わかりにくい書類で申し訳ありません」とひたすら平謝りの担当者。ものすごい勢いでクレームする人も多いんだろうな。

そんなこんなしてたら、どうやらこれは全国的な問題らしく、マスコミも取り上げ始めた。中野区も頻発地域の一つらしい。日経新聞の記事(2009/04/26)によれば、高松市では「初日に受け取った申請書120通のうち、七割の80通で不備が見つかった。多くが通帳コピーの入れ忘れだ」ったそうだ。

こんな数字を公表した高松市はある意味でアッパレだけど、正反応率33%はあまりに低い。そのぶん行政のコストもかさむし、支給も遅れる。喜ぶのは切手が売れる日本郵便くらいか。

これまでこのブログでは何回も提案しているけど、やっぱり行政にはぜひ「ユーザーテスト」の実施を義務づけて欲しい。そして正反応率がせめて90%以上になることを確認した上で、一斉実施すべきだと思う。

そんなに難しいことではないので、お願いしますよ。

11:05 午前 インストラクショナルデザイン |

2007/11/12

ユーザーテストを義務化してくれ

Constructionperformance2007

横軸が月次。縦軸が新規住宅着工件数。思わず条件変更線を書き込んじゃいました。

6月に施行された改正建築基準法の影響で、なんと3カ月連続で前年度比40%以上の減少。このままではGNPを確実に押し下げて、景気に悪影響を与えるのは間違いないと言われている。

この法改正は昨年世の中を騒がせたアネハ系耐震偽装事件に対処するために行われたもので、行政が国民生活の安全を脅かす事態に迅速に対処したという点では合格かと思っていたんだが、どうやらかなりめちゃくちゃらしい。

問題点は至るところにあるようだ。気になったのは、法律の中に「些細な設計変更については再審査が必要ない」というような条文があり、しかもその“些細な”の範囲が明確に示されていないってところ。さらに、そういう問題点が現場から次々と指摘されていたにもかかわらず、対応がなされなかったってところ。

法律家じゃないから法としての妥当性は判断できないけど、“些細な”なんてのは、人に何かを伝えるインストラクションとしては悪例だ。

しかも、施行前に現場の人たち(実際にこの法に携わって仕事をする人たち)から意見徴収をしていないのか、あるいは形だけの意見徴収をしてその声は無視したのか、要するにユーザーテストとそれにもとづいた改善をしていないデバッグ前の状態で世の中に出してしまったようで、これもインストラクションとしては悪例。

中央官庁の仕事は国民全体、国全体に影響するんだから、何かを施行する前には、必ずユーザーテストを繰り返し実施して、問題点を潰してからじゃないと世の中にだせないという法律を作って欲しい(もちろん、そういう仕事を怠慢して今回のような問題を引き起こしたら、担当者を処罰できるように。そしてポジティブには、そういう仕事をきちっとやって改善のプロセスを残した担当者は局内で評価されるように)。

09:00 午前 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/04

Moodle:複数ファイルの提出と学生間の共有を可能にするモジュール

うちの大学では、いわゆるLMSというやつが、今年度から本格的に導入されてます。

h'etudesと命名されてます。“エチュード”って読むんですよ、と学生から教えられました(^^;;)。

言い訳のような蛇足情報ですが、テクスチャルが自発されにくい商品のマーケティングはまずうまくいかないと思います。

このシステム、おそらく某.○○○○○○の改造版ですが、どうやらそれは内緒(?)らしく、法政オリジナルということになっているというマコトシヤカナ噂もあります。

私はこれまでmoodleというオープンソースのLMSを使ってきました。数億円するシステムとは違って無料です。それなりに制限もありますが、自分の使いやすいように改造できるというメリットもあります。

大学のシステムだと、学外の共同研究者にとっては使いにくいですが(年間○万円の利用料をとられる)、moodleは自宅サーバーで運用しているので、低コストで運営できています。

ただ、学生さんにとっては複数のLMSを授業によって使い分けるのもたいへんだろうと判断し、今年度からは授業についてはh'etudesへと移行中。でも、研究プロジェクトや一般向けの研修プログラム(サマースクールなど)については今後もmoodleを使っていきます。

ところで、私はプログラムもシステムもよくわかりませんから、メンテナンスや改造にさいしては、moodleの翻訳をされているMitstek.comの吉田さんにお願いしています。

今回、コースの参加者がそれぞれファイルをアップロードし、それを一覧として表示し、他の参加者がアップしたファイルを閲覧できるように、「課題」のモジュールを改造していただきました。これまでだと、掲示板に各自が資料を添付していたのですが、それだとどれが最新版で、どのスレッドにあるのかよくわからなくなり、効率が悪かったのです。

吉田さんのご好意により、改造方法やプログラムは公開し、無料配布することになりました。

興味がある方はこちらを参照して下さい。

12:05 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (1)

2007/07/31

htomailにメールが届かない

Hotmailjunk

徳島では今日からサマースクール初級コースがスタート。徳島ABA研究会の先生たちが中心になって準備を進めてきました。2日間の集中研修で応用行動分析学の基礎を実践的に学びます。

このコースではネットを使って事前学習することが参加条件の一つなんですが、今年は「アカウントが作成できない」「ログインできない」という苦情を何件かいただきました。

調べてみると、どうやらhotmailを使ってアカウント申請した人に登録確認のメールが届かないことがあることがわかりました。

試しに自分でもhotmailのアカウントで申請したら、登録確認メールが自動的に「迷惑メール」に振り分けられました。ネットやPCやメールに詳しくない人は、ここでつまづいてしまいますね。

さらに、場合によっては迷惑メールにさえ届かず、サーバーの時点でブロックされてしまう可能性もみえてきました。これはこの研修で使っているmoodleというフリーのLMSや、私がボランティアで運営しているサーバーの問題ではなく、他のサーバーやプロバイダーでも問題になっているようです。

そこでmoodleのインストールや管理でお世話になっているmitstek.comの吉田さんにお願いして、迷惑メールと判断される確率を下げるプログラム修正をしていただきました。それでも完全ではないということなので、参加者の方にはご不便をおかけしますが、hotmailの利用は避けていただくように、ログイン画面とアカウント作成画面に教示を追加しました。

それにしても、こういうときにいただくメールというのは、メールを打っている様子が思い浮かぶほど感情的なものが多いです。受け取る方も辛いので、できるだけストレスがかからず、フラストレーションがたまらない方向でインストラクションを改善していきたいと思います。

04:10 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/11/23

遠隔ゼミツール:ホワイトボードの共有

Imaginationatwork

先日の徳島ABA研で、GEが提供している無料のホワイトボード共有サービス Imagination Cubed を試してみました。

これはネット上にホワイトボードを展開し、複数地点から同時に書込み、閲覧ができるサービスです。

面白いけど、マウスではうまく描けないのと(スキルの上達やペン型タブレットを使えばなんとかなるかも)、PDFやPowerPointなどの資料の上に上書きできるわけではないところが欠点。

特に後者はそれができれば遠隔ゼミもずいぶん拡充すると思われます。

どこかにないかな、そんなサービス?

09:22 午前 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/08/15

夏休みの宿題:タッチタイピング

今年こそタッチタイピングをマスターしようと夏休みを使って特訓中。一日の中でパソコンに向かって文字を打っている時間の割合がかなり高い商売をしているものにとっては、入力スピードと効率(入力エラーの少なさ)は、生産性と楽しさに多大な影響を与えるはずだからだ。

“一週間で”という甘いささやきにひかれて下のソフトを購入したのが、改善できそうなところがたくさんありすぎてイライラがつのる。指も思うように動かないし。

たとえば、ひらがな入力する練習:「あいうえお」と母音を一文字ずつ入力し、そのまま「かきくけこ」と子音に進んでしまう。ここはおそらく母音だけをランダムな順序でも打てるように練習した方がいい。

単語を入力する練習では「クッキー」の“kk”を“ki”と間違えても、最初からやり直しにならず、“k”の入力待ちになる。しかもこの時点では通常の日本語入力プログラムのように、間違えたらカーソルを戻して修正するというプロセスがないから、下手すると“kikk”なんていう誤連鎖が強化されてしまう。よく打つ単語は単語単位で手の動きを覚えると思うので、ここは間違えたら最初からやり直しの方がよい。

また、この時点では画面上にキーボードが表示され、どのキーを打てばいいか、キーが光ってわかるようになっているのだが、このプロンプトが強すぎて、だんだんそもそもの刺激(「さ」とか「つくえ」とか)を見ないように、聞かないようになっていく。このスクリーン上のキーボードはフェイドアウトせず、一日の単元の最後の“実力テスト”でいきなりカットされたりする。フェイドアウトの仕組みが欠かせないだろう。

それから撥音とか拗音には「すぁ」とか「ゔぉ」とか、発音さえ難しいような綴りがでてくる(音声でも指示がでるのだが、まるでどこぞの外国語ふうで笑える)。こんな音は使用頻度が低いのだから、最初は扱わない方がいい。「しゃ、しゅ、しょ」とか「ぴゃ、ぴゅ、ぴょ」とかを優先して覚えさせるべき。

などなど、不満たらたらだが、フラストレーションが一番溜まるのが、こうやって文字を打っているとき。タッチタイピングをしようとすると、スピードが極端に低下し、エラーも増える。かといって、日常生活で使わない限り、おそらく習得しにくいか、般化しないはず。なにしろ間違った方法で打てば打つほど、間違った入力方法が強化されてしまうのだから。


09:00 午前 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/01/16

Moodle

moodle-logo

鳴門教育大学では現職教員を対象とした遠隔大学院開講の可能性を探っている。現場はなかなか離れられないけど、専門性を高めるために大学院レベルの講義を受講したり、指導を受けたいという熱心で優秀な先生は自分の回りにも多い。いつでもどこでも受講できる高品質なコースが提供できるようになれば、うちのような大学の元々の設立目的の達成につながるはずだ。

というわけで、二月中にはこれまでサマースクールの事前学習として受講生のみに提供してきたオンラインコースを一般開放するように、ただいま準備中。MoodleというフリーのLMS(Learning Management System)を使うことになるのでその勉強もしている。

MoodleはオーストラリアのMartin Dougiamas氏が開発を始めたオープンソースのLMSで、BlackboadやWebCTと同等以上の機能を持ちながら、無料!という気前のいいシステムだ。オープンソースなので世界中から開発者・利用者が参加してコミュニティを形成し、バグを修正したり、モジュールを拡張して機能アップが進められている。日本語にも対応している。

Moodleの勉強の一貫として、ここで公開されている、Dougiamas氏へのインタビューを聴いてみた(ダウンロードしたらポッドキャスティング化されたファイルだったので、そのままiPod shuffleに入れて、週末にジムでバイクこぎながら。こういうのって超便利だ)。

Dougiamas氏はずいぶん謙虚な人で、むしろインタビューアーの「BlackboadやWebCTに大枚払う人の気が知れない」というコメントが印象的だった。ちなみにBlackboadがWebCTを買収したので、世界的なマーケットシェアはBlackboadかそれ以外かという状況になっている。Moodleはフリーだから、Dougiamas氏にもどこのだれがどれだけ使っているか正確には把握できていない。Moodle.orgに登録されているサイトについては自動的に統計がとられるようになって、それはここから閲覧できる。

「特別支援教育のための応用行動分析学@Moodle」--準備ができたらお知らせします。


追記:Dougiamas氏へのインタビューはスカイプで米国とオーストラリアを結んで行われ、録音されたものだという。それにしてはノイズもなく聴きやすい。大学から県内の公立学校にスカイプするよりずっとクリアだ。どうしてだろ?

03:55 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005/06/25

ユーザー無視のおせっかい

仕事上どうしてもWinを使わないといけないときがある。 たいていそんな日はいらいらする。 応答なし@U.K. BLOG

まったく同感。しかもWinだけじゃなくてMicrosoftのアプリ全般。

さっきからメールアドレスを勝手にハイパーリンクしちゃうおせっかい機能をはずそうと探しているけど、見つからない。しかもエクセルで。

旧バージョンだったら、「オートコレクト」の設定に「インターネットとネットワークのアドレスをハイパーリンクに変更する」のようなオプションがあったと思うんだけど、2004バージョンに更新したら見つからない。どこだ!! (なんで変えるの?こういうインターフェイス??)

なにしろ、間違ったメールアドレスを変更しようと、マウスをタッチした瞬間にメーラーが起動しちゃうんだからくせ者。

そもそも誰がこんな機能を望んでいるんだ。

09:42 午前 インストラクショナルデザイン | | コメント (4) | トラックバック (1)

2005/06/18

e-Learningと大学教育

大学のお仕事で『大学教育の多様化とe-Learningの活用』という研究会に行ってきました。

主催は教育システム情報学会(JSiSE)。

発表が始まると同時に会場のあちこちから窓系OSの起動音が.... なんか居心地悪いなぁ。クールビズどころか、Yシャツネクタイの人が多いし... あ、企業の展示もあるんだっけ。

(ちなみに私はジーンズにポロシャツでした.... ^^;;)。

アメリカで起こっていることは10年から30年後に日本でも起こるというテーセツどおり、今や日本の大学は猫も杓子もe-Learningです。

アメリカではe-Learningだけで学位がとれる大学まで乱立し、結局、採算もとれずにつぶれていった... というオチもよくご存知の人たちが、現在、日本で同じことをしているわけです(フシギですね)。

そもそも、何がe-Learningで何がe-Learningでないかもはっきりしないような概念だから「e-Learningで大学教育が改善されるか?」なんて問いはまったく無意味なわけ。

せっかくネットやパソコンがこれだけ普及したんだから、それが大学教育にうまく使えるようなら、使ったるわいくらいの姿勢がちょうどいいのではないかと思うんだけど、なぜか「全学的取組み」、なぜか「何千万円もするシステム」、なぜか「教員の負担は増えるばかり」なのですな。

なぜか?なんて書いてますけど、理由はわかっていて、e-Learningを導入すると、いろんなところからお金がもらえる随伴性があるからなんです。意外に単純。

不条理!とか、それじゃ、いらないダムつくる公共事業と同じじゃん!! と怒り心頭に達する人も多いかもしれません。自分もそう思うし....  だけど、いっかいの大学教員にはどうしようもないわけなのですね。

だから、それなら、せっかく流れて消えていくお金をできるだけ有効利用しましょうね、というのが私のスタンス。

んで、研究会。

面白かったのは次の2つ。

・行動分析家の F. S. ケラーが開発したPSI(Personalized Systems of Instruction)が注目されていること。

・リッチなコンテンツはe-Learningの必要条件でも十分条件でもないという広島大学の安武公一先生の発表(というか主張)。

PSIについては、金沢大学から早稲大学に移られた向後千春先生がご活躍されていている影響みたい。

「行動分析」なんておそらく聞いたこともない人たちから見直されているってところが面白い。

PSIについては、どこかに文献リストを作っておいたような気がするんだけど、見つかりません。そのうち見つけてアップします。

安武先生の主張は半分正しく、半分間違っていると思う。

確かに、パワポの資料と発表者の口パク動画が同期するようなコンテンツや、教科書をそのままwebに載せたようなページはいらないと思う。あってもいいけど、たぶんサバイブしないと思います(←かなり確信ある予測)。

e-Learningで何かを教えるのに必要不可欠なのはコンテンツよりもデザイン。色彩とかレイアウトという意味じゃなくて、学習が生じるためのインストラクショナルデザインだ。

とはいっても、実はこれはe-Learningの話に限らない。対面授業だって同じこと。

つまり、実はe-Learningが成功するかどうかは、e-Learningじゃない授業や指導法でうまく教えているかどうかにかかっている。

ふだんの授業から、デザインなく(膨大な資料とかよもやま話などのコンテンツはあったとしても)教えている人の場合は、それをそのままe-Learningに持っていくと、うまく教えられていないのがバレやすいってことだと思うのだ。

安武先生が紹介されたのは学生にWikiを使ってコンテンツを作らせちゃうという授業なんだけど、確かに教員側が提供するコンテンツは最低限かもしれないけど、学生が学習していくための環境はちゃんとデザインしてありました。

“リッチ・コンテンツ”というのは、そういうデザインがないのをバレないようにするための隠れ蓑と言えないこともない。

こんなことを書いちゃっても大丈夫そうな懐の広く深そうな雰囲気の学会だったので、それにモーレツに忙しかった週の週末なので、少しクダケて書いちゃいました。

あ、じぶん、会員ではありません。 (._.) 

05:37 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/06/03

ABAレポート#9:シカゴの地下鉄のプリペイドカード

閑話休題。

ジョンハンコック・センターの1-2階にあるThe North Face にハイキングシューズを買いに行った。

んで地下鉄(Red Line)に乗ったわけだが、プリペイドカードがめちゃくちゃ分かりにくくて、さすがアメリカと再確認。

これがプリペイドカード(表)。この方向で差しても受け付けてくれない。

chicago-subway1

なんと、こちら側(裏、だよね?)を表にして差すのだ。しかも垂直方向に(斜め前方向に差すとはじかれる)。

chicago-subway2

よ〜く見ると、薄い黄色で矢印らしき形がプリントしてあるのがニクたらしい(地下鉄の改札は日本みたいに明るくないから見えないっつ〜の)。

インストラクショナルデザインというコンセプトはこの国で生まれたんだと思うんだが、それは必要に迫られての話だったんだろうね。

09:00 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005/03/18

Mac vs Win:位置を手がかりにしたメニュー(2)

柴田さんの分析と同じように、前々から気になっていたMacとWinのコントロールパネルのインターフェイスの違いについて比較してみた。

MacではOSXからコントロールパネルという名前がなくなり、「システム環境設定」というメニューに各種設定項目がまとめられた。

cntlpanel_mac

XPで同じような機能を果たすのは「コントロールパネル」である。Windows98のときにも混乱したのだが、XPになっても改善されていないのは、実は「プロパティ」でも各種のシステム環境設定が変更できたり、中にはプロパティじゃないと/コントロールパネルじゃないと設定できない項目があることなのだが(つまり一貫性がない)、ここではそのことについてはふれないでおこう。

ここで比較したいのはアイコン表示の違いだ。

XPの「カテゴリー表示」は全部で10カテゴリー。この分け方も問題で、何がどこにあるのか直感的に分かりにくい。逆に「サウンド、音声、およびオーディオデバイス」なんて、名称自体がものすごくリダンダント(冗長的)。たぶん、慣れないうちは、探し物が見つかるまであちこち開いてみるユーザーが多いのではないだろうか。

ctlpanelXP-1

自分はそんな宝探しみたいなのが嫌なので「クラシック表示」にすることが多い。これだと標準で(?)アイコン の数は29。ちなみにMacOSXは24だ。

ctlpanel-XP2

ところがこのクラシック表示も使いづらい。長らくその理由が分からなかった(というより考えてみなかった)のだが、柴田さんの分析がヒントになった。

まず、クラシック表示(アイコン表示)の並びは、なんと五十音順。Macのようにカテゴリー毎にまとまっているわけではない。29の設定の名称を覚えてしまわない限り、どのへんに何があるのかわからないことになる。

しかも、このアイコンの位置はウィンドウのサイズによって変わってしまう。「プリンタとFAX」はウィンドウの右の方にあることもあれば、左の方にあることもあるのだ。

ctlpanel-xp3

これに対してMacの「システム環境設定」ではカテゴリー毎にアイコンがまとめられ、位置は固定。これまで気づかなかったが、この画面はリサイズできないようになっている。つまり、強制的に位置が手がかりになるような設計になっているのだ。

毎日のようにパソコンをいじらなくてはならないものにとって、位置の手がかりは重要だし、有効だ。これが使えないと、どこにアイコンがあるのか、毎回、視覚的に探索しないとならなくなる。

たとえば、システム環境を設定するいくつかの課題を与えられたときの遂行スピードなどを比較すれば、ユーザービリティに関するこの側面の評価ができそうだ。

04:47 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (0)

Mac vs Win:位置を手がかりにしたメニュー

macvswin01

MacPeopleの4月号にMacとWindowsのインターフェイスの違いについて柴田文彦さんによる面白い記事が掲載されていた。

Macではアプリケーションのメインメニューは画面(デスクトップ)の最上段に表示される約束になっている。これに対しWindowsではメインメニューは各アプリケーションのウィンドウの上段に表示される。Windowsではこの仕様によって、メインメニューを操作しようとするとき、理論的にはマウスカーソルの距離が短くてすむ。だから操作が機敏にできるはずという設計だ。

ところが柴田氏は、常に画面の最上段にメインメニューがあるMacのインターフェイスを、(1)いつも同じところにあるから探さなくてすむ、(2)マウスカーソルを移動させたとき、画面の(正確にはデスクトップの)端にメニューがあれば、それ以上カーソルが動かないので、マウスの移動先の実質的な大きさはWindowsのメインメニューより大きくなるとしている。

試しに目をつむってマウスを動かしてみた。Macではかなり正確にメインメニューにアクセスできる。いつも同じところにあるし、マウスカーソルが“通りすぎないから”だ。同じことをXPでやってみたが、まったくヒットしない(当たり前だけど)。

Windowsでもすべてのアプリケーションを全画面表示(最大化)すれば同じことになるかなと思ったけど、実は、各ウィンドウの最上段はアプリケーションの名称が表示される欄になってしまっているから、カーソルは通り過ぎてしまうのだ。

もうちょっと現実的な実験として、たとえば、文章ファイル内のカット&ペーストをメインメニューから行なうスピードやそのときの誤反応率みたいのを計測すれば、実証的なユーザービリティの評価になるかもしれないと思った。

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2005/03/09

決めるのはユーザーなのだ by ビル・アトキンソン

billatkinson

数日前、「マックと行動分析学の親密な関係」という記事で、アップルのユーザーインターフェイスの基礎をつくったLisaというコンピュータの開発過程で、いかに行動分析学の考え方が活用されていたかを紹介した。

実は、グレッグのあのメールを翻訳しようと思い立ったのは、MacFanというパソコン雑誌に掲載された、ビル・アトキンソン氏へのインタビュー記事「MacOSを作った伝説のプログラマーが語るMacOS誕生の秘密と彼が目指したパソコンの未来」に触発されてのことであった(MacFan, 2004, 11月号, Pp.32-33)。

ビル・アトキンソン氏は、アラン・ケイやスティーブ・ジョブズと共にアップルを創出した、知る人ぞ知る天才プログラマーである。

インタビューアーの、最近のPCは昔に比べると飛躍的に性能が向上しているのにもかかわらず、逆に使いにくくなっているのでは? という質問にアトキンソン氏はこう答えている。

(使い勝手をよくするためには)ユーザーテスティングが重要なのだ。インターフェイスをどのようにするか決めるのはデザイナーでもプログラマーでもなく、ユーザーなのだ。3人のユーザーが眉を曇らせたら、そのインターフェイスは誤りだということ。デザイナーよりもユーザーを信用することが大切だ。

まさに「学び手は常に正しい」というインストラクショナルデザインの鉄則である。パソコンのユーザーインターフェイスだけではなく、教育でも福祉でも医療でも、あらゆるヒューマンサービスに関わる仕事のコアになる概念だ。

この記事のことをうっかり失念していたので追記しておく。

05:09 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005/03/03

マックと行動分析学の親密な関係

アップルのMacintoshの元になったLisaというパソコンとソフトウエアの開発に行動分析家が関わっていたことはあまり知られていません。

今でもスティーブ・ジョブズと交友のあるグレッグ・シュティークリーサーが、インストラクショナルデザイン−特にユーザーテスティングを中心とした開発テスト−の専門家として、システムやアプリケーションソフトの開発に関わっていた様子をうかがい知ることのできるメモを入手しましたので、ご本人の許可をいただき、翻訳しました。

スティーブ・ジョブズの指令は「ユーザーにソフトを使い始めさせて、20分以内に何らかの意味ある仕事ができるくらい操作を簡単にすること」だったそうです。

自分も教員対象の研修プログラム開発に、このへんの精神を活かしてみようと思います。

この資料はこちらからどうぞ。

06:07 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/12/02

WordとEGWord:表の縦位置センタリング

中島定彦先生がWordで表のセル内を縦位置でセンタリングする方法を教えてくれた。

セルを選んで右クリックして下のメニューから選ぶ。こんな感じ。
  ↓  ↓  ↓

table-centering-word02.jpg

これに対して、EGWordで「一発ポン」というのは、こういう意味。
  ↓  ↓  ↓

table-centering-egword.jpg

Wordの方が同じ課題に必要な行動の数が多いのと、いくらなんでもそのメニューはないでしょってくらい分かりにくい先行刺激を提示している(それにしてもほんとうなら組み合わせの数は12になりそうなもんだが....)。

ゼミ生(現職の先生たち)に最も時間を割いて欲しいのは、データを収集して分析したり、行動随伴性を分析したり、指導方法を考えたりという活動なんだけど、どうしてもパソコンの操作に一番時間がかかってしまう。

ワープロや表計算、プレゼンテーションのソフトは、ほんとうにもっとわかりやすく、簡単に使えるようにデザインして欲しいと切実に思う。

01:28 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (2) | トラックバック (1)

2004/10/19

アメリカの書式ってどうしてこんなにわかりにくいんだろう?

aba2005registration.jpg

ABA(国際行動分析学会)の年次大会がすべてオンラインで申し込めるようになったのはいいんだけど、相変わらず操作性が悪い。

上は学会で配られるネームプレートを設定する画面なんだけど、まず、「なに? Nickって?」って思っちゃう。しばらく眺めて、ようやく、「Nick Name」が途中で改行しちゃっているんだって気づくんだけど、今度は「Full Name」と「Affiliation」がそれぞれを記入すべき欄よりも、記入してはいけない欄の方に近かったりするから、どこに何を書けばよいか躊躇してしまう。記入例でもあればまだ助かるんだけど。

思えば、ABAの申込書ってオンラインになる前から分かりにくかったなぁ。さらに思えば、アメリカの入国申請書も分かりにくいよなぁ。記入欄とその説明が交互に縦に並んでいるから(まさに上の画面のように)、しかもなんとなく直感に逆らって、「Name」の上の名前を書かなくちゃならないから、時差ボケの頭には負担がかかりすぎる作業になってしまう。

日本人なら項目は右、記入欄はそれに対応するように左に並べるところだけどね。単に習慣の違いなんだろうか。

02:59 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/10/18

生死をわける? インストラクショナルデザイン

teikyocard01.jpg

読売新聞日本臓器移植ネットワークによれば、1997年10月の臓器移植法施行から今年6月までに、意思表示カードの記載不備で脳死臓器提供ができなかった事例は105件あった。

あわてて自分のカードを確認したら、しっかり○がついていた(画像の青い丸で囲った箇所)。

厚生省は弾力的な解釈をして「1」に○がついていなくても臓器提供が可能になるようにする方針だそうであるが、その間、臓器が提供されなかった人はどうなったんだろう。

インストラクショナルデザインの考え方からすれば、ただちにカードのレイアウトを変更すべきだ。

たぶん、カードの最初は、

 「私は、臓器を 1.提供します 2.提供しません (←1か2のどちらかを○で囲む)」

として、何をどんな条件で提供するかは、その下で意思表示させるべきではないだろうか。

そして、もちろん、記入テストをして、どんな記入ミスがでてくるかを調べてから採用すべきだろう。

02:58 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (2) | トラックバック (1)

2004/09/30

タイの先生たち(4):学びが進まない学習ゲーム

eLearningやWBTの開発プロジェクトに関わっていると、「これじゃ学習は進まないだろうに...」という教材によくお目にかかる。

中には自らFlashなどのオーサリングシステムまで勉強して、教材を作ってしまう熱心な先生もいる。

残念ながらあまり理解されていないのは、マルチメディア教材でアニメーションを使うだけでは「学び」は進まないということだ。

今回のタイへの派遣でも何回か出くわしたのは下の図のタイプ。概念の弁別の練習をさせるゲーム(この場合、英語の動詞の現在形と過去形の区別を例にしてみた)。動詞のカードをマウスでつかんで、現在形か過去形の箱に入れていく。正しければ箱に入り、間違っていれば元に戻される。だが、これでは学びは保証できない。

flashexample350.jpg

なぜか?

ユーザーテストをすればすぐにわかると思うのだが、もちろん、動詞カードを読んで、現在形か過去形かの判断をしてからマウスの操作をする子どももいる。ところが、必ず、動詞カードを読まずに適当に箱に入れる子どももあらわれる。2回に1回は正しい箱に入るし、左に入らなければ右に入れればいいのだから、つまり、実は、動詞カードを読んで判断しなくても最後までできる課題なのだ。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
動詞カードを見ないで マウスを操作する 箱に入る(↑)
(1/2は)

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
左に入らなければ 右に入れる 箱に入る(↑)

それでは「学び」を保証するにはどうすればいいだろうか?

最も簡単な改善策は各カードにつき、最初のトライで箱に入らなければアウトとして、たとえば8枚中6枚以上入らなければ失格とすることだろう。つまり達成基準をつくってそれを目標にゲームをさせるということだ。

あるいは時間制限をつけてもいいだろう。ユーザーテストをしてマスターした子どものスピードを調べる。そして上記のように適当に操作をしていたら間に合わないくらいのタイムリミットを設定すればよい。

そのような設定によって、「動詞カードを読んで、正しい判断して、正解する」という一連の行動が強化されるようになるのだ。

A:先行条件 B:行 動 C:結 果
動詞カードを読んで 右(または左)に入れる 正解する(↑)

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タイの先生たち(3): 芸術性は教えられるか?

「芸術性は教えられるのか?」とタイの先生に質問された。

「ゴーンペーッ」という詩について教えるプログラムの中で、先生たちが「リズム」と呼ぶ指導目標について、検討していたときのことだ。

インストラクショナルデザインの考え方では、指導目標はできるだけ具体的に定義する。そのためには、まず何を教えようとしているのかを明確にしなくてはならない。

「決まった位置で韻をふむ」「決まった声調を使う」「擬人化、比喩などの技法を使う」などについては、かなり具体的に、明確に定義できたのだが、この項目については曖昧だった。

「リズム」がある詩とない詩では、どこがどのように違うのか? と質問していくと、「テンポ」とか「雰囲気」とか「ことばの選択」とか、さまざまな、しかも先生によって異なる答えが返ってくる。どうやら、人によって「リズム」の解釈が異なるらしい。

他の指導目標は、どちらかというと詩を書くときに守るべき約束事や技法に関するものだったのだが、どうやら「リズム」については、約束事やテクニックをうまく使ったときに詩の読み手に与える印象のことのようでもある。

「他の指導目標がすべて教えられたら、よいリズムの詩が書けるのか?」と聞いてみると、先生方は考え込んでしまった。どうやら、そうでもないらしい。そこで、一人の先生が「芸術性は教えられるのか?」と質問してきたわけだ。

体操などのオリンピックの競技にも技術点と芸術点があるように、おそらく詩にも客観的に評価できる技術点と、主観的にしか評価できない芸術点があるだろう。「ゴーンペーッ」の約束事や技法については、具体的に明確に定義することで、技術点を設定し、教えられるだろう。「リズム」については、先生たちの間で一つの詩についての評価が分かれるようなら、初心者には学びにくいはずだ(先生によって褒められたり、褒められなかったりするから)。

そう説明したのだが、先生たちは不満そうな顔をしている。自分たちは「芸術性」を教える仕事をしているのだという気持ちが強いのかも知れない。

そこで、ハトにピカソとモネの絵画を見分けるように教えられるというをしてみた。ピカソとモネの絵画を見分けられるようになることが「芸術性」を教えたことになるなら、「ゴーンペーッ」の「芸術性」も教えられることになる。「リズム」がある詩とない詩(弱い詩)を対提示して、どちらがリズムがあるかを判断させる練習をたくさんすれば、「リズム」という「芸術性」に関する判断はできるようになるかもしれない、と。

先生たちは、まだ納得がいかないようだったが、時間切れになり、次回までに検討してもらうことになった。

「技術点」を狙うか、「芸術点」に挑戦するか、先生たちがどちらを選ぶか楽しみである。

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11:42 午前 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/09/29

タイの先生たち(2):%の混乱

タイの詩(ゴーンペェーッ)に引き続き、「消化器官」と「%」のコンテンツについて打ち合わせ。

「%」では、おそらく日本でもよくある問題を発見。

なぜか教材には買い物の例題が多いのだが(「120バーツの30%割引はいくらでしょう?」みたいな)、同時に、こんな問題も数多く含まれていた。

100バーツで仕入れた商品を105バーツで売りました。利益率は何%でしょう?

先生たちによれば正解は5%。

大学院生の頃に勉強した会計(組織行動マネジメント専攻コースでは授業の中にこうした単位が必修で含まれているのです)では、確か、

利益率=粗利益/売り上げ (売り上げ=仕入れ+粗利益)

だったはず。

ところが、タイの先生たちの公式は、

利益率=粗利益/仕入れ

である。

まず、これを確認したのだが、ミーティングに出席していたタイの先生全員(8人くらい)が後者の式が正しいと主張。

もしやタイの会計の特異性か?と思いながら、他の例題もみていくと、こんなものもあった。

おむつ50個入りで100バーツと70個入りで120バーツではどちらがお得でしょうか?

わかるひとにはわかると思うが、これは比率の問題であって、%(割合)の問題ではない。

おむつ1個あたりの価格=価格/個数

で計算するからだ。

これでわかった。%の教材に、割合を求める問題と比を求める問題が混在しているのだ。

上述のタイ式利益率も、

仕入れ1バーツあたりの利益=祖利益/仕入れ

とみれば比の問題としてとらえられる。

割合と比の区別を、タイの先生たちに説明して(かなり、たいへんだったけど ^^)、最後には自分たちが作った練習問題も「これは比の問題だわ」「これは割合ね」と区別できるようになった。

先生たちによれば、教科書では%の課題の直後に「利益率」がでてくるらしく、生徒たちはそこでつまづくらしい。「どおりで」と、先生たちも納得顔だった。

ちなみに、ミーティング後に、長期専門家の河原さんに調べてもらったところ、タイでも会社では日本や米国と同じように、割合として利益率を計算していることがわかった。

教科書の計算式がズレてしまっているようで...... う〜ん、この問題は私の手にはおえません。

03:45 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/09/28

タイの先生たち(1)

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JICAのタイ教育用情報技術開発能力向上プロジェクト(通称ITEd)でバンコクに出張中。

教育省のスタッフ(カウンターパートと呼ばれる)と、学校の先生たちが開発しているWBT(Web-Based Training Program)について、インストラクショナルデザインの立場から助言する仕事である。

昨日はタイ語の授業で取り上げられる「ゴーンペーッ」という詩について教えるコンテンツについてミーティング。
「ゴーンペーッ」は俳句のように音数が決まっている詩で8・8・8・8で詠む。決まった位置の音、決まった声調で音韻を踏んだり、比喩・暗喩・直喩、擬人化、あるいは枕詞のように、詩の世界でのみ特殊な意味を使うなど、たくさんのルールがある。

喧々諤々の討論だったが、タイの先生たちの文化を知るにはいい機会だった。

どんな文化か..... 時間があればゆっくり報告したい。

11:34 午前 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/06/03

web教材の効果を科学的に検証する

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シアトルの教材開発会社HeadSproutが行動分析学に基づいて開発した Early Reading Program は、週に1回、 20分のレッスンを40ユニットこなすだけで、小学校高学年レベルの物語を読みこなせるようになるというweb教材だ(アメリカは今でも識字率が低い国の一つで、この会社は識字率を上げることにコミットしている)。

 緻密なインストラクショナルデザインとデータによる改善を繰り返して開発されたこのプログラムは、教育省が実施する大規模な評価プロジェクトにも選ばれて、今、まさにフィールドテストの真っ最中である。

 今回は、ニューヨークのPS106という公立小学校でのレッスンを見学することができた。HeadSproutの教材をテストするということで、なんとAppleから64台のeMacとXServerが寄付された。幼稚園(K)と小学校1年生のクラスをそれぞれ実験群(Early Reading Programを使う児童)と統制群(これまで通りの指導をする児童)にランダムに分け、事前・事後に標準化されたテスト(Iowa Standard Testなど3種類+NY市が使っているテスト)を実施して、プログラムの効果を検証しようとしている。

 子どもたちがeMacの前に座ってヘッドセットをつけ、それぞれのペースでweb教材に取り組む姿は圧巻だった(残念ながら、写真撮影は許可をとるのがめんどうなのでナシ)。

 HeadSproutのこの評価プロジェクトに関しては、後でもっと詳細なレポートを書くつもりだ。
 

10:24 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/03/15

ビデオコーチング

菅平・峰の原スキー場でテレマークのコーチングを受けた。講師は「T.M.N.スキースクール」主宰の望月氏。かつて北欧で修行し、テレマーク競技の選手として活躍され、テレマークの教本やビデオにも登場する第一人者だ。幸運にも受講生が私一人だったので、個人レッスンの形をとり、細かなアドバイスやフィードバックをいただけた。

中でも面白かったのがビデオコーチング。望月先生がビデオ撮影しながら、同時にコメントを録音してくれる。レッスンが終わってから宿に持ち帰ってこれを見る。自分の滑りを友達に撮影してもらったことはあったけど、コーチからのコメントつきは初めての経験である。

ビデオコーチングを観る

スポーツのインストラクションで難しいのは、自分の体勢やフォームがどうなっているか、自分では分かりにくいところだ。今回のレッスンでは「両脚同時操作」がキーポイントだった。ターンで右足と左足のエッジと前後の位置を同時に変えることなのだが、滑っている真っ最中には、これができているのかできていないのか、自分でもよく分からない。それがビデオを見ながら、「惜しい」「はい。そうです!その調子」「後ろ足で踏ん張って」などのコメントを聞くことで、自分の体勢や動作がどのようになっていれば「○」で、どのようになっていると「×」なのか、実によく分かった。おそらく、ビデオを見ながら動作の視覚的な弁別学習が進み、その「イメージ」が次に滑ったときの行動制御に役立つのではないだろうか?

[ビデオコーチングを受ける前]

A:先行条件 B:行 動 C:結 果

「両脚を同時に操作して下さい」
(→どうすればよいか分からず、刺激性制御が不十分) 

両脚同時操作に必要な一連の行動

両脚同時操作でターンできる
(→うまくできているかどうか分からず、強化しない)

[ビデオコーチングを受けた後]

A:先行条件 B:行 動 C:結 果

「両脚を同時に操作して下さい」
+ うまくできているときのイメージ

両脚同時操作に必要な一連の行動

両脚同時操作でターンできる
(↑イメージと動作がマッチすることによって強化される)

臨床スキルのトレーニングにも応用可能かもしれない? 来年度ぜひ試行してみようと思う。

04:40 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (0)

2003/11/26

円周率と分数のわり算

池田清彦氏の『やぶにらみ科学論』(ちくま新書)が面白い。
 「クローン人間作ってなぜ悪い?」とか「地球温暖化なんてホントにあるのか?」など、社会で常識として疑われないことに敢えて挑んでみせる。《科学》も扱い方次第では《オカルト》と変わらない。我々の日常生活に一見科学的なエセ科学が蔓延していることは、昨年度「論理的思考講座」で講演をお願いした岡山大学の長谷川先生のお話にもあった通りだ。
 池田氏は「先進国の中で最低」とされる日本人の科学リテラシーについて、子どもの経験や生活体験を重視し、原理的なことを教え込もうとしない文科省の方針を批判して、「国民の科学リテラシーの向上を阻んでいるのは、やっぱり文科省みたいだね」(p.69)と切り捨てている。
 文科省以外にも原因はあると思うけど、文科省の中央集権的、官僚的な側面が、確かに阻害要因の一つになっていると、私も思う。少なくとも、問題を解決しているようには見えない。
 たとえば、マスコミでも話題になった円周率の問題。池田氏は「3」とか「3.14」とかの具体的な数字の問題ではなく、『無理数』という、小数点以下どこまでも数字が確定しない数があるということの理解の方はよっぽど重要だと指摘している。まったく同感だ。行動分析学的に考えれば、標的行動(指導目標)は、「円周率は?」という問いに「3」とか「3.14」と答えられることではなく、「無理数」という概念を自分の言葉で説明できるとか、無理数と円周率の関係を図示できるとか、じっさいに小数点数桁まで円周率を計算できるとか、そういう行動群になるはずだ(もちろん、そういう標的行動を小学校で教えることにどれだけ意義や価値があるのかは別の問題であるが)。
 そんなことを考えているときに、スタジオジブリ、高畑勲監督脚本の『おもひでぽろぽろ』を観た。 この映画では田舎好きな主人公の独身OLたえ子に、彼女が小学校5年生だった頃の思い出が繰り返しフラッシュバックされる。その中に、分数のわり算に関するシーンがある。
 たえ子は言う。「分数を分数でわるってどういうこと?」「3分の1個のリンゴを4分の1で割るってことは、3分の1個のリンゴを4人でわったら一人何個になるかってことでしょう?」「分数のわり算がすんなりできた人は、その後の人生もすんなりいくらしいのよ..... 」
「分子と分母をひっくり返してかける」--この計算のルールをそのまま何の疑いもなく覚えてしまって使えば、確かにテストではいい点がとれる。どうしてそうなるのかを全く理解していなくても。そういう人は、確かに人生も「すんなり」過ごせるのかもしれない。ルールに従う行動は、ルールと実際の随伴性が一致している場合には強化されるからだ。でも、ルールと実際の随伴性が食い違ってくると、たちまち弱みをみせるというのも事実である。これは行動分析学の基礎的な実験でも分かっていることだし、日常的な観察からも納得がいくことではなかろうか。
 ものすごく大雑把は話になるが、日本の社会は加速度的に既存のルールが適用できない状況になってきていると思う。変化の加速度はこれからさらに増すだろう。年功序列、終身雇用、右肩上がりの経済成長、日米安保条約..... 近代日本がより所にしていた前提が、今やどんどん崩れてしまっているのは承知の通りである。
 そうなると、ルールに従っているだけの行動は機能しないし、非効率である。よって、いずれ淘汰される。このような変化の多い環境で機能するのは、自ら随伴性を探索し、弁別刺激を探していく問題解決的行動だと思う。そして問題解決的行動をうまく誘導してくれる仕組みが科学や倫理にはある。
 池田氏は言う。「生きる力」も「自ら学ぶ力」も「総合学習」も原理的なことがわからなければ、すべて絵に描いた餅であると。『おもひでぼろぼろ』の主人公はあいにく、なぜ分子と分母をひっくり返すのか、その原理や考え方を教わらなかった。家庭教師役の姉のヤエ子には「とにかく、リンゴにこだわるからわからないのよ。かけ算はそのまま、わり算はひっくり返すって覚えればいいの」と言われてしまった。
 日本の学校に必要なのは、ヤエ子姉さんのルール支配的な思考からの脱却である。
 ちなみに、たえ子が落ちこぼれたわり算の問題は、比率としての分数(例:ある量の3分の1)と絶対量としての分数(例:1/2=0.5)が混同しているところに原因の一つがあるように見えるのだが、指導要領はどうなってるんだろう。
 もう一つちなみに、『おもひでぽろぽろ』は最後まで見るには忍耐のいる映画であった。

04:07 午後 インストラクショナルデザイン | | コメント (0) | トラックバック (0)